ツキネコのお手伝いをする様になって

もう何年になっただろう・・。

 

オープンしたばかりの

ニャイダーで

すでにレジェントだった 

亡きあずきな先輩と

 

おコタに入ってくつろいでたのも

今では懐かしい思い出です。

 

 

 

 

 

全盲だったはずなのに

寄り道もせず、まっすぐ的確に

ご飯にたどり着いてた

あずきな先輩。

 

 

この写真は
まだ生きてますよ。

 

 

この写真を撮ってから

10日くらいして

あずきな先輩は静かな大広間で

ひとり眠るように逝きました。

 

 

最後まで自分で水を飲んで

 誰にもなーんにも迷惑をかけず

好きな場所を確保しながら

皆にさよならした

実に潔い大往生でした。

 

飼い主なら誰でも

自分の猫にそうあって欲しい」

願うような最期。

 

そして、あずきな先輩が

長く生き抜いてくれたことで

 

ツキネコが出来るきっかけとなった

お屋敷の惨事

のことが風化される事なく

語り継がれていった事を考えると

 

生きざまそのもので

人を繋ぎ

人を成長させてくれた

猫だったと思います。

 

 

 

 

 

4月のはじめ

ツキネコスタッフのれなちゃんの猫

「ミャーコ」が

虹の橋を渡りました。

 

保護された時から知ってるミャーコ。

 

最近の風貌が

こんな感じだったので

 

 

 

 

 

 

「妖怪」とか

聴診器のようにタレてた

ヨダレを「あんかけ」って言って

笑ってたけど

 

その生命力には

感動すら覚えてたんだよ。

 

 

 

 

 

飼い主のれなちゃんは

私によく言ってた。

 

「ミャーコさ、本当に元気なんだわ」

「きっと、死ぬの忘れたんだわ」

 

そんな事をさらっと言いながら

「口が痛そうだから、また病院行ってみるかな」と

ついでみたいに言ってたけど

 

ミャーコが可愛くって

仕方ないようだった。

 

 

ちょうど4年前、

れなちゃん夫婦がミャーコを連れて

函館に転勤になる日

 

長屋に、れなちゃんとミャーコを

見送りに行ったんだ。

 

その時、れなちゃんは

第一子の

そうちゃんを身ごもってた。

 

 

 

 

 

 

そのそうちゃんが、もう4歳。

去年は 妹のみとちゃんも生まれた。

 

ミャーコは、そうちゃんの成長を見守り

みとちゃんの誕生を見届け

 

あのあずきな先輩のように

 

誰にも迷惑をかけず

満足したように

ふっといなくなったんだね。

 

 

今から約6年前に

この私のブログで

ミャーコさんがエイズを

発症してしまった事を

切々と書いています。

 

七面鳥ミャーコに奇跡を

 

 

あれから6年たち

本当に「七面鳥になってたことが」

それが本当に笑い話になるくらい

ミャーコさんは長生きしてくれた。

 

笑い話にしてくれるまで

生き続けてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

時がたって

れなちゃんが新しい猫をお迎えした時

 

上目づかいの子が

目の前に現れたら

それはきっとミヤーコかもしれないね、

 

ミャーコ、

「エイズなんて怖くないよ」

「エイズだって長生きできるんだよ」って

大事なことを

教えてくれてありがとう。

 

 

ミャーコに守られてきた

そうちゃん、みとちゃんの

2つの命は

大事に大事に育っていくね、

 

 

 

 

 

 

ずっとミャーコのこと忘れない。

ミャーコ、安らかに。